日々のランニングやトレーニングにおいて、お気に入りの音楽を聴きながら走ることは、多くのランナーにとって楽しみの一つです。好きな曲が流れると自然と足が前に出たり、苦しい場面でも歌詞に励まされたりした経験がある方も多いのではないでしょうか。音楽は、孤独な自分との戦いになりがちなマラソンにおいて、心強いパートナーとなってくれます。
しかし、いざ「マラソン大会」に出場するとなると、「本番でもイヤホンをつけて走っていいの?」「どんな曲を聴けばいいの?」といった疑問や不安が浮かんでくるものです。実際、大会によっては明確なルールが設けられている場合もあり、知らずに参加するとマナー違反になってしまう可能性もあります。また、長時間のレースを快適に走り切るためには、普段のジョギングとは違った準備や工夫も必要です。
そこでこの記事では、マラソンと音楽の関係について、そのメリットや効果から、大会でのルール、そして完走をサポートしてくれるおすすめのプレイリスト作成法までを詳しく解説します。これからフルマラソンに挑戦する初心者の方から、記録を狙う中級者の方まで、音楽を味方につけて目標を達成するためのヒントをお届けします。
マラソンで音楽を聴くメリットとは?パフォーマンスへの影響

ランニング中に音楽を聴くことは、単に「暇つぶし」になるだけではありません。スポーツ心理学や運動生理学の観点からも、音楽がランニングのパフォーマンスに良い影響を与えることが多くの研究で示唆されています。まずは、音楽がランナーにもたらす具体的なメリットについて、4つのポイントに分けて解説します。
気分を高めてモチベーションを維持できる
最も大きなメリットは、心理的なコンディションを整えられる点です。好きな音楽、特にアップテンポな曲や歌詞に共感できる曲を聴くと、脳内でドーパミンなどの神経伝達物質が分泌されやすくなると言われています。これにより、気分が高揚し、走ることへの意欲が湧いてきます。
マラソン練習は単調になりがちで、時には「今日は走りたくないな」と感じる日もあります。そんな時でも、お気に入りのプレイリストを再生することで「よし、走ろう!」というスイッチを入れることができます。また、レース当日のスタート前の緊張感を和らげ、ポジティブなメンタル状態で走り出すためにも、音楽は非常に効果的なツールとなります。
リズムに乗って一定のペースを保ちやすくなる
長距離走において非常に重要なのが「ペース配分」です。初心者のうちは、気づかないうちにペースが上がったり下がったりしてしまい、後半に体力を消耗してしまうことがよくあります。ここで役立つのが、音楽のリズム(ビート)です。
一定のテンポ(BPM)の曲を聴きながら走ると、自然とそのリズムに合わせて足が出るようになります。これがメトロノームのような役割を果たし、意識しなくても一定のピッチ(足の回転数)を刻み続ける助けになります。特に、自分の目標とするペースに合ったBPMの曲を選ぶことで、理想的なランニングフォームを維持しやすくなり、結果としてエネルギーロスを抑えた効率的な走りが可能になります。
苦しい時間帯の辛さを紛らわせる効果
フルマラソンでは、30km過ぎなど、身体的に非常に苦しい局面が必ず訪れます。足が重くなり、呼吸が苦しくなると、どうしても「辛い」「痛い」「歩きたい」というネガティブな感情が頭を支配しそうになります。このような身体的な苦痛から注意を逸らすことを、心理学用語で「解離(かいり)」と呼びます。
音楽には、この解離を促す効果があります。耳から入ってくるメロディーや歌詞に意識を向けることで、身体の疲労感や痛みに対する感度を一時的に下げることができるのです。応援ソングや激しいロックなどを聴くことで、限界だと思っていた壁を乗り越え、もう一歩踏ん張る力を引き出すことができるでしょう。
集中力を高めて「ゾーン」に入りやすくする
周囲の雑音が気にならなくなり、自分の走りに没頭できる状態を「ゾーン(フロー状態)」と呼びます。トップアスリートだけでなく、市民ランナーでも条件が整えばこの状態を体験することがあります。音楽は、周囲の環境音を遮断し、自分の世界に入り込むためのスイッチとしての役割を果たします。
特に、歌詞のないインストゥルメンタルや、聴き慣れた一定のリズムの曲をリピートすることで、脳が余計な情報を処理する必要がなくなり、走ることだけに集中できる環境が整います。雑念を取り払い、無心で走り続けることができるため、気づいたら長い距離を走っていたという感覚を得やすくなります。
大会参加時は要注意!マラソンにおける音楽視聴のルールとマナー

練習では自由に音楽を楽しめますが、多くのランナーが集まるマラソン大会では状況が異なります。すべての大会でイヤホンの使用が認められているわけではなく、安全管理の観点から独自のルールを設けている場合も少なくありません。ここでは、大会に参加する際に必ず確認しておきたいルールとマナーについて解説します。
陸連登録者の競技ルールでは禁止されている場合がある
まず理解しておきたいのが、日本陸上競技連盟(陸連)の競技規則です。陸連登録者として大会に参加し、公認記録を狙うようなシリアスランナーの場合、競技中の通信機器の使用や、助言を受けること(音楽を聴くことも含む場合がある)が制限されています。
厳密には、世界陸連(WA)の規則改正により、スマートフォンやスマートウォッチの携帯自体は認められるようになりましたが、イヤホンの使用については「審判員の指示が聞こえない状態」を作り出すため、禁止または自粛を求められることが一般的です。陸連登録エリア(最前列付近)からスタートする場合は、基本的にイヤホンは外して走るのが無難であり、ルール違反とみなされると失格になるリスクもあることを知っておきましょう。
一般ランナーでも「使用禁止」の大会が存在する
一般の市民ランナーであれば、多くの大会でイヤホンの使用は黙認されています。しかし、一部の大会では要項に「イヤホン使用禁止」を明記している場合があります。これは、コース幅が狭い、折り返しが多い、あるいは安全確保を最優先するという大会主催者の意向によるものです。
もし「使用禁止」と書かれている大会でイヤホンをつけて走っていると、コース上のスタッフや審判から注意を受け、外すように指示されることがあります。最悪の場合、走行中止を命じられる可能性もゼロではありません。エントリーする際や、大会前に送られてくる参加案内(ガイドブック)には必ず目を通し、「注意事項」や「禁止事項」の欄をチェックするようにしてください。
周囲の音が聞こえないことによる接触事故のリスク
ルールで禁止されていなくても、マナーとして最も気をつけなければならないのが「安全性」です。遮音性の高いカナル型(耳栓型)イヤホンを両耳につけて大音量で音楽を聴いていると、周囲の音がほとんど聞こえなくなります。これがマラソン大会では非常に危険です。
例えば、後ろからペースの速いランナーが追い抜こうとしている足音や、「右から抜きます!」という声かけに気づかず、進路変更をして接触・転倒してしまう事故が起きています。また、靴紐がほどけて急に立ち止まったランナーに気づくのが遅れることもあります。自分だけでなく、周囲のランナーを怪我させてしまうリスクがあることを常に意識し、周囲の音が聞こえる状態で走ることが求められます。
スタッフや警備員の指示を聞き逃さないための配慮
マラソン大会では、緊急車両(救急車やパトカー)がコースを横切ったり、コース内に進入してきたりすることがあります。その際、スタッフや警備員が大声で「ランナーの皆さん、左に寄ってください!」「止まってください!」と指示を出します。
音楽に没頭していてこの指示が聞こえないと、緊急車両の走行を妨害してしまうだけでなく、ご自身の命に関わる事故に繋がる恐れもあります。大会中は常に「何かが起こるかもしれない」という意識を持ち、スタッフの声やアナウンスが確実に耳に入る音量設定にするか、片耳だけ装着するなどの配慮が不可欠です。
フルマラソンを走り切るためのプレイリスト作成のコツ

フルマラソンは4時間、5時間と長時間に及ぶスポーツです。適当に曲を選んでシャッフル再生するよりも、レースの展開をイメージして戦略的にプレイリストを作成することで、完走への強力なサポートとなります。ここでは、マラソン専用のプレイリストを作る際の具体的なコツを紹介します。
自分のピッチ(ケイデンス)に合ったBPMの曲を選ぶ
前述の通り、音楽のリズム(BPM)と足の回転数(ピッチ)を合わせることは、ペース維持に非常に有効です。まずは、自分が気持ちよく走れるペースの時の1分間の歩数を測ってみましょう。多くのランニングウォッチでは「ケイデンス(spm)」として計測されています。
一般的に、サブ4(4時間切り)を目指すランナーであれば、1分間に170〜180歩(BPM170〜180)程度のリズムが効率的だと言われています。BPM計測アプリを使ったり、ランニング用の音楽サイトで検索したりして、自分の目標ピッチに近いテンポの曲を集めてみましょう。「Rock BPM 170」などで検索すると、意外な名曲が自分の走りにぴったりだと発見できるかもしれません。
レースの展開に合わせて選曲を構成する
フルマラソンには「序盤」「中盤」「終盤」それぞれの展開があります。プレイリストもこの流れに合わせて構成するのがおすすめです。スタート直後の序盤は、高揚感でついつい飛ばしすぎてしまう危険な時間帯です。ここではあえて少し落ち着いたテンポの曲や、リラックスできる曲を選び、オーバーペースを抑制します。
距離を刻む中盤は、リズムを一定に保つための「メトロノーム代わり」になる曲を並べます。歌詞よりもビートがはっきりしたダンスミュージックやテクノなどが走りやすいでしょう。そして終盤、30km以降はテンションが上がる激しい曲や、歌詞に勇気づけられる「勝負曲」を配置し、精神力で足を動かす構成にします。このようにストーリー性を持たせることで、長旅を飽きずに楽しむことができます。
30km以降の「壁」を乗り越えるための勝負曲を用意する
フルマラソンで多くのランナーが直面するのが「30kmの壁」です。体内のエネルギーが枯渇し、急激に足が動かなくなるこのポイントこそ、音楽の出番です。ここで自分が最も奮い立つ「最強の応援ソング」が流れるようにセットしておきましょう。
例えば、映画のクライマックスで流れる壮大なテーマ曲や、青春時代に聴いて熱くなった思い出の曲などが効果的です。「この曲が流れたら、絶対に歩かない」と自分の中でルールを決めておくのも良いメンタルトレーニングになります。4時間で走る予定なら、スタートから3時間後くらいの再生位置にこれらの曲を配置しておくと、苦しいタイミングでまさに「救い」のメロディーが聞こえてくるはずです。
快適に走るためのイヤホン選びの重要ポイント

マラソンにおけるイヤホン選びは、音質よりも「安全性」と「快適性」が最優先されます。普段の通勤で使っているイヤホンが、必ずしもランニングに適しているとは限りません。汗、雨、振動、そして長時間使用といった過酷な環境に耐えうる、ランニングに最適なイヤホンの選び方を5つのポイントで解説します。
周囲の音が聞こえる「骨伝導」や「オープンイヤー型」
現在、マラソンランナーの間で最も推奨されているのが「骨伝導イヤホン」や「オープンイヤー型(耳を塞がないタイプ)」です。骨伝導は、こめかみの骨を振動させて音を伝えるため、耳の穴を一切塞ぎません。そのため、音楽を聴きながらでも、環境音やスタッフの指示、他のランナーの足音が自然に聞こえてきます。
これは安全面で非常に大きなメリットがあるだけでなく、長時間耳の穴に異物を入れていることによる蒸れや痛み(外耳炎のリスクなど)も防ぐことができます。最近のモデルは音質も向上しており、低音もしっかり感じられるものが増えています。大会で使用するなら、このタイプを選ぶのがマナーとしてもベストな選択と言えるでしょう。
汗や雨に強い防水性能(IPX規格)を確認する
マラソンは大量の汗をかきますし、突然の雨に見舞われることもあります。一般的なイヤホンでは、汗が内部に浸入して故障してしまうことが多々あります。そこで必ずチェックしたいのが「防水性能」です。
電子機器の防水性能は「IPX」という規格で表されます。ランニング用であれば、最低でも「IPX4(あらゆる方向からの飛沫に耐える)」以上のものを選びましょう。さらに安心を求めるなら、雨の中での使用や、使用後に水洗いができる「IPX7」以上の完全防水モデルがおすすめです。防水性能が低いと、レース中に突然音が止まってしまい、モチベーションが下がってしまう原因にもなります。
フルマラソンの完走時間をカバーするバッテリー持ち
意外と見落としがちなのがバッテリーの持続時間です。フルマラソンは、スタート地点への整列からゴール後の着替えまで含めると、6時間以上イヤホンの電源を入れっぱなしにすることになります。もし公称の連続再生時間が4時間程度のイヤホンだと、レースのクライマックスである30km過ぎで電池が切れてしまうかもしれません。
「連続再生時間」が、自分の目標タイム+2時間程度あるものを選ぶと安心です。具体的には、単体で8時間以上再生できるモデルが理想的です。ケースに戻して充電するタイプ(完全ワイヤレス)の場合、走っている最中にケースに入れて充電することは現実的ではないため、イヤホン単体での連続再生時間を必ず確認してください。
激しい動きでも外れにくい装着感とフィット性
ランニングは上下動の繰り返しです。走っている最中にイヤホンがポロポロと外れてしまうのは、ストレス以外の何物でもありません。特にレース中は、落ちたイヤホンを拾うために立ち止まると、後続のランナーと衝突する危険性があるため、絶対外れないフィット感が求められます。
耳の穴だけで支えるタイプよりも、耳に引っ掛ける「イヤーフック型」や、左右が繋がっている「ネックバンド型」の方が、圧倒的に安定感があります。骨伝導イヤホンの多くはネックバンド型で、頭を挟み込むように装着するため、激しく動いてもズレにくいのが特徴です。購入前に試着できる店舗があれば、実際に軽く頭を振ってみて、ズレないかどうかを確認することをおすすめします。
音楽なしで走ることのメリットも知っておこう

ここまで音楽のメリットや活用法をお伝えしてきましたが、あえて「音楽を聴かずに走る」ことにも、実は多くのメリットがあります。ベテランランナーの中には、レース本番は音楽を聴かないという人も少なくありません。その理由を知っておくことで、状況に応じて「聴く」「聴かない」を使い分けることができるようになります。
自分の呼吸や着地音で体調の変化に気づける
音楽がない状態では、自分の身体が発する音に敏感になれます。「ハァハァ」という呼吸のリズムや荒れ具合、「タッタッタッ」というシューズの着地音の左右差や強さ。これらは、現在の自分の疲労度やフォームの崩れを教えてくれる重要なサインです。
例えば、「呼吸が少し荒くなってきたからペースを少し落とそう」とか、「右足の着地音が重くなっているから、フォームを修正しよう」といった微調整が、リアルタイムで行いやすくなります。自分の身体と対話しながら走ることは、怪我の予防や、最後まで力を出し切るためのペースマネジメントにおいて非常に有効です。
沿道の声援や大会の雰囲気をダイレクトに楽しめる
マラソン大会の最大の醍醐味は、沿道からの温かい声援です。見ず知らずの人たちが「頑張れ!」「ナイスラン!」と声を枯らして応援してくれる体験は、日常では味わえない感動があります。地元の吹奏楽団の演奏や、太鼓の演舞などのパフォーマンスも、ランナーを力強く後押ししてくれます。
イヤホンで耳を塞いでいると、これらの「生の音」が遠ざかってしまいます。特に、地元の方々とのハイタッチや、名前を呼んでの応援など、その土地ならではの空気感を肌で感じることは、記録以上に大切な思い出になることがあります。大会の雰囲気を全身で楽しみたい場合は、あえて音楽を封印するのも素晴らしい選択です。
バッテリー切れやイヤホンの不快感から解放される
物理的なストレスから解放されるのもメリットの一つです。音楽を聴いていると、どうしても「バッテリーは持つかな?」「Bluetoothの接続が切れないかな?」といった機器への心配がつきまといます。また、長時間の装着による耳の痛みや、コードが擦れる音(タッチノイズ)が気になることもあります。
「音楽なし」を選択すれば、これらのトラブルやストレスは一切なくなります。身一つで走ることのシンプルさや、風の音、鳥の声などの自然音を感じながら走る心地よさは、脳をリラックスさせる「マインドフルネス」のような効果も期待できます。集中力が途切れにくく、レース全体を俯瞰して走れるようになるかもしれません。
まとめ:マラソンと音楽を上手に組み合わせて目標達成を目指しましょう
マラソンにおいて音楽は、モチベーションを高め、苦しい時間帯を乗り越えるための強力な武器になります。BPMを意識したプレイリストを作成し、自分の走りのリズムを整えることで、パフォーマンスの向上も期待できるでしょう。
しかし、大会によってはルールで禁止されている場合があることや、周囲の音が聞こえない状態での走行は非常に危険であることを忘れてはいけません。参加する大会の規約をしっかりと確認し、骨伝導イヤホンを活用したり、音量を控えめにしたりするなど、周囲への配慮と安全確保を最優先に行動することが、スマートなランナーの条件です。
また、時にはイヤホンを外し、自分の呼吸音や沿道の声援、大会の熱気をダイレクトに感じることも、マラソンの素晴らしい楽しみ方の一つです。「音楽を聴くメリット」と「聴かないメリット」、そして「守るべきルール」を正しく理解した上で、自分にとって最高のレーススタイルを見つけてください。音楽を上手に味方につけて、フルマラソンのゴールという最高の瞬間を笑顔で迎えましょう。





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